2023年2月24日(金)

久しぶりに怖い夢を見た。怖い夢というのは、幽霊や怪物に襲われる話でもなく、はたまた犯罪に巻き込まれるような話でもなかった。

私が、金銭的に困窮したあげく、飼育している金魚を殺す夢だった。

 

今年の真冬、暖房をつけずに乗り切った。訪問者がいない限りエアコンはつけず、足先がもげそうなほど冷たくなったときだけホットカーペットをつけた。照明もほとんどつけず、夜は暗いなかでテレビの明かりだけを頼りに過ごした。それでも、夏に毎日ずっとエアコンをつけて電気もピカピカにしまくっていた生活と、電気代があまり変わらなかった。電気代の凄まじい高騰に絶望していた。それに追い討ちをかけるように、電力会社から「3月使用分から、基本料金値上げのお知らせ」という連絡が届いた。電力会社の見直しを迫られている。

 

そんな状況のなか、いつものように冷たいベッドに潜り込み、はやく体温であたたまれと念じながら身体を丸めていたときだった。いつの間にか眠りに落ちた私は最悪の夢を見たのだ。

また電力会社からの電気代の請求を見ていた。2万円を越えた請求だった。どう考えても一人暮らしで2万なんて越えるわけがないのだが、夢の中の私はそれを見て「もうおしまいだ」と思った。一人暮らしをやめて実家に帰ろうと思った。だが、なんとか足掻きたかった。やっと手にした自由を手放す気になれなかったのだ。

ふと顔を上げると、小さな水槽に金魚がいた。綺麗な水の中を優雅に泳ぐ様は、見ていてとても癒された。だが、この水質を維持するためには濾過フィルターを毎週取り換えないといけない。濾過フィルターは6個いり700円。水も毎週3リットル程度入れ換える。濾過器は1日中つけっぱなし。電気も夜以外はつけっぱなし。私は、そのとき思った。「こいつらさえいなければ」と。

実際、水槽の循環器や照明の電気代など大した金額にはならず、トータルで1000円ちょっとだ。水道代だって毎週3リットル程度じゃほとんど影響もないし、濾過フィルターも購入するのは2ヶ月に1回くらい。犬や猫に比べてこんなに安価で飼育が楽なペットはない。だが、困窮のあまり思考がとまった私は思ったのだ。「金魚なんて、生きるのに必要ないものに金は払えない」と。

そう思って、夢の中の私は金魚を水槽から取り出し、床に投げ捨てた。ラグの上で何度か跳ねた金魚たちは、次第にえらや口をパクパクさせるだけになった。しかし、中々死ななかった。

 

私は一度、本当に、金魚を窒息死させたことがある。高校生の頃だ。

その時は、同じ水槽にヌマエビを入れていた。淡水魚を飼育するうえで、ヌマエビを入れることはさほど珍しいことではない。水槽内に沈む金魚の糞や苔、死骸を食べてくれる掃除要員でもあるのだ。

ある日、学校から帰ると金魚がひっくり返って浮いていた。病気をしていてもう数日ともたない状況だったので、あまり驚かなかった。一生懸命に口とえらを動かして、なんとか酸素を取り込もうとする姿は痛ましかったが、飼い主としてその最期をきちんと看取ろうと思い、水槽の前でじっとその様子を見守っていた。

そのとき、水槽にいたヌマエビ3匹が、金魚のひれに群がって千切りはじめた。無情にも生きたまま食べはじめたのだ。

私は慌てて水槽に手を突っ込み、エビを追い払った。何度やってもエビは金魚に群がって、金魚のひれやうろこを千切って食べた。まだ死んでない、まだ死んでないと躍起になって追い払い続けた。

私は、ついに金魚を水槽から出した。生きたまま食われるなど恐ろしい最期を迎えさせるわけにはいかなかったからだ。どこか、コップでも茶碗でもいいから、水を張って入れてやろうかと思ったが、そうしなかった。

私は、金魚を早く楽にしてやろうと思った。だから、金魚をハンカチのうえに置いて、窒息するのを待ったのだ。

とても長い時間、布の上で苦しむ金魚を見ていた。私は情けないくらい泣いていた。金魚を殺したという事実を、永遠に忘れないようにしようと誓った。

 

夢の中で、私はそのときと同じように、金魚が死ぬのを待っていた。涙は出なかった。自分が生きていくためだからだ。

私は安堵していた。ああ、これで来月の電気代は安心だ。もう濾過フィルターを購入しなくていいんだ。もう水槽の掃除もしなくていいんだ。

気づけば日が暮れて、部屋の中は真っ暗になっていた。真っ暗な部屋の中、金魚だけがまばゆい光を放ちながら、必死に呼吸をしていた。私はただ、ぼんやりそれを見ていた。

 

金魚がぴくりとも動かなくなった。ツヤツヤだった目は白く濁っていて、水中で優雅に揺れていた絹のようなひれは、ぺたりとラグに張りついて貧相に見えた。

一人になってしまった。生活のために切り捨てたせいで、私は本当に一人になってしまったのだ。そう思うと、情けないくらい涙が出てきた。私の流した涙が金魚の渇いた鱗を潤し、また息を吹き返してはくれないだろうかと願った。だが真っ暗な部屋の中、闇に溶けた金魚の死体は、もうどこに横たわっているのかも分からないくらいだった。

 

そこで私は目を覚ました。髪が涙で濡れていた。