2019年3月12日(火)

自己承認欲求がやばすぎる人間を「自己承認欲求やばすぎて草」とか言って馬鹿にしてたらわいつのまにか自分が自己承認欲求の塊になっていました。

 

 

認めてくれ!認めてくれ!認めてくれ!まじで!認めてくれ!認めてくれ!認めてくれ!認めてくれ!褒めてくれ!褒めてくれ!褒めてくれ!褒めてくれ!褒めてくれ!すごいですね、えらいですね、しっかりしてますね、かわいいですね、何でもいい、事実じゃなくていい、勘違いさせてくれ!明日生きていくためのお褒めの言葉をくれ!

 

例えば私は字書きをしているが私が書いたものなど誰一人読んじゃいない。いや、ブックマークしてくれた人はたぶん読んでるんだろうけどそういうことじゃない。どうしてもこの世の中にまっっっったく要らないものを生産しているという気持ちが抜けない。趣味として生活のほとんどが今この字書きという活動にあてられて、やっていたソシャゲもログインボーナスを貰うくらいしかやらなくなったし、漫画も新刊買っても読まないからもう6冊くらいたまってるし、アニメもあんまり見ない。

 

この世に実在しない誰かの話を文字に起こして、ウェブにあげて、伸びない数字を見つめながら、虚しいな、消そうかな、色んなことを考える。こんな風に思うくらいなら初めから書くな。二次創作は自己承認欲求を満たすためのものじゃない。創作意欲を吐き出す場であってそれを他人と共有する市場であって、褒められたいからやるもんじゃないんだよ。このSNS依存クソバカ野郎が。

 

面白いとか言われてる人はあんまり面白くない。そう思うのはおそらくKMGとかいう頭イカレ軽音サークルで笑いの基準がおかしくなっているから、人々の言う面白いと私の思う面白いが著しくズレているんだと思うんだよ。笑いに厳しくなってるとかじゃなくて、そもそもジャンルが違うんだね。

 

面白いとか言われている人は、なにを思ってか知らないがリプライでよく「にゃん」と言う。面白くもないし可愛くもないのでどうすればいいのか分からない。だけどすごく人気者だ。別ににゃんのおかげではなくて純粋に人柄なのだろうけど、私は思うんだら、今お前いくつだよ、と。んなこと言っても可愛くねえ歳だろうよ、と。

 

そこまで考えて改めて思うのは、この人イタいなという感想以前にたぶん妬ましいんだ。妬ましいんだよ。私きっと妬ましいんだ。馬鹿みてぇ。しにてぇ。本当にくだらねぇ。妬みっていう感情のくだらなさはやべぇ。

 

でも生きてて誰かを妬まずにいられたことは、そういえば無い。部活も勉強もサークルも、自分より優秀なやつが妬ましくてたまらなかった。恋愛も、ブスなのにモテてるやつとかイタイタしい天然気取り女とかが妬ましかった。そのくせそれを越えようとする努力はしなかった。面倒くさいから。妬むだけ妬んで終わっていた。

 

 

馬鹿みてぇ、人生は馬鹿でしかねぇ。認めてくれないのは周りのせいじゃなく私のせいだよ。努力しないからだよ。変わろうとしないからだよ。

 

 

ウイルス性胃腸炎で2日休みをもらった。私は家で、すごく仕事を頑張っている感を出しているから、親からは「いつもひとみは頑張ってるから、こんなときくらいゆっくり休んでもいいんだよ。いつも頑張っているんだから、会社もきっとひとみのこと責めたりなんかしないよ。」と言う。

 

ああお父さんお母さんごめんなさい。毎日毎日仕事が嫌で面倒でさぼってばっかりなのを秘密にしててごめんなさい。もちろん最低限の仕事はしてるけどそれ以上の余計なことは一切しないようにしてるんだ。毎日毎日だらだらしてるんだ。許してくれるかな、会社。普段からなんの役にも立ってないのにウイルス性胃腸炎とかなんだよ、とか思われてないかな。

 

もうね、いっそ誰からも認められないほうがいいんじゃないのとか思い始めてるんだよ。そしたら私は、誰からも見放された不幸なやつってことで、自分の可哀想さに溺れて酔っていられるじゃないか。そんでメンヘラになって病んでるツイートでもするんだ。それで給料がほしい。株式会社メンヘラを立ち上げよう。

 

社長は面倒だから誰かやってくれ。

2019年3月6日(木)

いるかもわからない読者に問います。世界を変えたいと思ったことはありますか。
私は無いです。微塵も思ったことない。面倒くさくね?

この間、ヒプノシスマイク関連で出会った字書きさん(二次小説を書く人を字書きさんと呼びます。ヲタでない人向けの解説。)と3人で飲みました。
一人は、ジェンダーとか生命哲学とか宗教とかに詳しい人で(Aさ んと呼びます)、自分はミソジニストであると言っていました。

いやいやミソジニストってなに???????味噌汁?????

私は馬鹿なのでわかりませんでした。とりあえず調べました。女性軽視の立場の人間を指すそうです。いやお前も女なのに???? とか思ったのですが、自分は女だけどめっちゃ女嫌いなんだって。 ふーん。って感じでした。

もう一人(Bさんとします)もなんか頭良くて、ヒプマイの運営の仕事の仕方に文句言ってました。販促担当が売りだけを考えているからターゲット層のニーズは二の次になっているとか、企画は出来るけどマーケティングは出来ていないとか、ふーんって感じの話をしていました。

私は頭が悪いのでそういう話には微塵も興味が無い。つまんなって思いながら聞いていた。そもそも私は何にも興味がなかった。知らない話をおとなしく聞いていられる程思慮深くもなかった。まぁジっとしながら聞いたけど。

Aさんは25歳で、普通に働いてるけれど、芸人になりたくてお金を貯めているらしい。私は、Aさんを面白いと思ってないので、 へぇ…と思いながら聞いた。おそらくこの人の面白さって、頭のいい人が頭のいい本とか読んで「面白かった~」とかいう感じの面白さで、私みたいな馬鹿が千鳥の漫才見て「ウケる」とか言ってるソレとちょっと違うんじゃないかと思う。Aさんはほっとくとずっと喋っている。敢えて言い方悪く言うと自分の思ったことの話ばっかりする。へぇ…ってなる。 私は他人の思想に興味ないし、夢にも人生にも興味ない。だからAさんが芸人になりたい理由を聞いたとき、普通にハ?と思った。

男芸人は脱げば笑いをとれるのに女芸人は何故脱がない風潮なのか 、とか。男芸人はスーツで真面目に仕事する場面があるのに、女芸 人は何故いつもふざけた服を着せられるもか、とか。抱かれたい芸人ランキングはあるのに抱きたい芸人ランキングは何故ないのか、 とか。

セクハラになるからじゃねーの?と思ったけど、とりあえずそのまま聞いた。日本の笑いは身体的特徴を笑う実に低レベルなもので、 ブスとかデブとかハゲなんて世界は笑わないんだとか、へぇ…と思いながら聞いた。実にどうでもよかった。何故なら私はその低レベ ルな笑いでウケてしまう低レベルな層だからである。

そんなお笑い界を私が変えたいんだとAさんは言った。それも、へぇ…と思いながら聞いた。馬鹿馬鹿しいとすら思ったし、無理だろ うなとも思った。Aさんがブスだのデブだのでいじられない保証な んてないし。そもそもこの人そんなに面白くないしな。

Aさんは自分はとても面白いと思っている 自分の言うことが一番面白くて、自分にマジで笑っちゃうんだって。めでたいなとすら思った。私は自分が例えどんなにクッソ面白くても自分じゃ言えないなと思った。

夢を追うこと、楽しんで働くこと、知的好奇心、向上心、世界への関心。世間が善としていて、当てはまらなければ悪だと批判されるやつら。 どれも私にはない。例え叶わぬ夢だとしても、 追うことが美談になる。私には何もない。やりたいこと、 なりたいもの、行きたいところ、なにもない。何にも興味がない。 一生寝て過ごしたいし、働きたくないし、いつ死んでもいい。 というかそろそろ死にたい。もう飽きただろ人生。 終わりが見えない。学生じゃなくなったから、3年ごとの強制的な環境の変化がなくなって。社会人生活一年目。未来も見えずにこの先何十年?いやいや、しんどっ!そろそろ死なせてくれないか?

そんな感じで生きているから、Aさんの語る夢に全くもって賛同できなかった。というか理解できないし興味もないし、「へぇ!」 とか「いいですね!」とか言ってみたけど意識は上の空で、面白くなかった。Bさんは世間と同じことを言っていた。「夢があるって いいですね!」いやいや、ほんとやめて。夢も目標も希望もない私に突き刺さるからマジ。

なんで人類そんなに前向きに生きているの?というか人類なんでそんなにいろんなことに興味あるの?どうでもよくない?政治も経済 も地理も歴史もお前の夢も全部こちとらどうだっていいんだよ。だって面倒くさいなと思いながら人生進んでるんだからよ。

そもそも、人生めんどくさ、早く終われよとか思ってる人間が世界を変えたいなんて思うわけがなかった。だってどうでもいいし。 早く死んでログアウトしたい。ログアウトしたあとのことなんかどうでもいいだろうが。

なんで世間は夢を追うことを強制するの?なんで向上心がないとつまんないやつって言われないといけないんだよ。なんでやねん。 だってしょうがなくね?面倒くさいもんな。

なんで夢を追うことも知的好奇心も向上心も世界への関心も意識の高さも個性として認められて推奨されんのに、面倒くさくて何にも 興味なくて一人で居たくて家から出たくなくて、 みたいな感じは批判されんの。個性だろ。くそが。

まぁ世間がそれを個性と認めたら、誰も働かなくなって世界が機能しなくなるんですけどね。

 

Aさんはベトナムかなんかに旅行したことがあるそうだ。その経験を生かした二次小説を書いていて、とても面白かったので感想をめ っちゃ送った。すると、飲みの時にベトナムのガイドブックを持っ てきて見せてくれた。「推しカプが飯食ってた店」「 推しカプが観光してた寺院」とか、見てておもしろかった。

すると、そのガイドブックをあげるといい始めた。たしかにベトナム旅行を題材とした小説は面白かったし、楽しめたけど、 正直マジでいらなかった。Aさんは「これを持って、 今度はあなたがベトナムに行くといいよ。」とか言い始めた。 一生行かないだろうなと思いながら受け取った。海外旅行を善とする文化もマジやめてほしい。海外行きたくない、興味ないし。

世界が変わるよとか行かないと後悔するよとかうるさいんだよ。興味がわいたらそりゃ行くよ。でも今は無いんだよ。世界変わんなく ていいし、行かないと後悔するってのも、べつに行かないまま死ねばいいだけの話なんだよ。いいから家にいさせろ。

 

 

2019年2月4日(月)

友人に子供ができた。とても大切な友人の一人だ。

 

気づかなかった。家飲みでノンアルコールを買っていたこと。煙草を吸いたいと言わなかったこと。野菜ばかり食べていたこと。妊娠が発覚したのは、飲みの前日だったそうだ。ナマモノが大好きなのに刺身を食べなかった。彼女は、1日で母親にかわったのだ。人間はすごい。愛が為せる技なのかもしれない。

 

同時に恐ろしい、私は子供が嫌いだ。これから愛する我が子を育てる彼女に、「子供嫌いなんだよね」などと無神経なことは言わなかった。物凄くマイルドに「苦手」と表現したけれど、やっぱりどうしたって好きになれそうにはない。友人はよく「友達が生んだ子供が可愛い」と、インスタグラムか何かの動画を見せてくるようになった。ああ、私たちは大人になったんだな、と実感すると同時に、やっぱり私に子供を愛するのは無理だなと痛感してしまう。子供、全く可愛いと思えない。それでも「かわいいね、やば~」などと、嘘をついて誤魔化す。電車で同じ車両に乗り合わせるだけで嫌だなと思う人間が、他人の無邪気な赤ちゃん動画を見て「可愛い」などと思えるわけがなかった。

 

何が嫌いなのかというと、意思の疎通がとれないから。これは、子供に限らず全てのものに共通するので、「外国人」も嫌いだ。怖い、言葉の通じない存在は怖い。

 

同じ理由なら犬と猫も嫌いなのかと言われると物凄く好きだ。人間じゃないから意思の疎通とかする執拗ないし割りきれる。なによりモフモフで可愛い。だから飼おうと思うと無理だなっておもう。飼ったら意志疎通しないとじゃん。猫かいたいとかよく言ってるけどあれはほぼ嘘と願望のミックスで、人語を操る猫が生まれたら飼いたいなと思う。

 

 

そんなわけで、私は世間一般の感覚からズレて「子供を愛せない女」になってしまったので、本格的に需要のない存在へと加速していくのである。

 

 

2019年1月28日(月)

仕事で役に立てているだろうか、と悩む日々が続く。

 

日記開始2行目でこんなことを言うとアレだが、結論から言うと役に立てていない。

毎日毎日、「ああ、こんな、一人でも出来そうな業務について課長に相談してもいいだろうか。こんなに忙しそうな課長に、5分でも10分でも時間をとらせてしまっていいのだろうか。でも、相談なしに自己判断でやって、課長に『ここはこうしたほうがいい』と注意されたことが今まで何回あっただろうか。それなら先に相談しといたほうがマシ、って分かってるのに、どうしてこんなに話しかけるのに勇気がいるのだろうか。この人、毎日何時までいるんだろうか。毎日定時で上がる私をどう思うだろうか。でも仕事出来ないから手伝うことなんか出来ないし、結局仕事量もそこまで無いから定時であがっている。こんなに嬉しいことはないのに、どうしてこんなに後ろめたいんだろうか。」と、思っている。毎日毎日思っている。

 

教育係が夏に入院して、1年間お休みをとった。新卒で投げ出された私に、改めてつけられた教育係は2年目の先輩だった。新人に新人がついただけの状態で、先輩も課長からたくさんの仕事を引き継いでいて忙しそうで、私は結局、毎日毎日、「話しかけたくない」と思いながら、あの、この書類のコレって合ってますか?とか、このメールはこんな感じで返事していいですか?とか、もうそんなん一人でやれや、みたいな質問ばかり。

 

 

会社のハンコが上手く押せなくて、課長に何度も何度も同じ書類を出力させた。ブレてたり、やたら薄かったり、綺麗に押せたのに朱肉で書類を汚したり、酷いときは4枚ぐらい無駄にした。課長は笑って許してくれたのに、そのつぎも、そのつぎも、同じミスをして、その度に課長に書類を出力させた。馬鹿だ、無能だ、ハンコも押せないのか、幼稚園児かよと思った。課長もそう思っているに違いない。

 

 

2019年1月1日

新年早々、人間としてどうかと思うよみたいな事を書き綴るぞ。

 

 

私は年末年始が嫌いだ。つまらないから。

休みなのは嬉しいけど仕事してた方がマシだ。そう思うぐらい年末年始が嫌いだ。つまらない。

 

なにが具体的につまらないかというと、家族と過ごすことが基本的に好きじゃない。これでもう人でなし感が出てる。

 

世の中には家族を嫌ってはいけないという風潮がある。家族間には基本的に「無償の愛」というものがあって、なにがあっても家族のことだけは大切にして愛していて、それが当然になる。

 

私は家族からの無償の愛を存分に受けて育ったと思う。その甲斐あってか私の家族はとても仲が良い。親はそれを誇っていて、最高の家族だと思っている。私も小さい頃はそう思っていた。

 

大人になってから気づいた。親と性格が合わない。話をしていても何も面白くないし、価値観も合わないので理解できないことのほうが多い。自分の事を知られるのが嫌だと思うようになり、最終的には家族と過ごす時間すら嫌になった。

 

最終的に答えとして出たのは「嫌い」というより「興味がない」ではないか?ということ。家族のことは愛している。大切だと思っている。死んだらすごく悲しいと思う。それとはまた別の話で、一緒に買い物に行きたくない、食卓を囲みたくない、車に乗りたくない、風呂に入りたくない(この年で母親と風呂に入らされてる時点でクソ)など、おそらく世間一般ではありえない親への感情を抱えている。

 

それでも私が親の元を離れない、言いつけを破らない、誘いを断らないでい続けるのは、傷つけたくないから。嫌いだし興味はないし一緒にいたくはないけど、肉親を傷つけたくはない。私を心から愛している人を傷つけたくない。だから家族行事や恒例のあれそれには全て従う。悲しませたくないし。「仲良し家族」を誇る両親の期待を裏切るのは気が引けるし。だから両親を愛する仲良しな娘を演じ続ける。内心では、手伝わされる大掃除も、大晦日の夕飯の買い出しも、家族での初詣も、親戚の集まりも、全部嫌。

 

これを前提として、では自分が結婚して子供を生んだら?と考える。これが随分恐ろしい話で、世間一般の常識からはずれず、私も子供を愛するとする。だが、この思考回路を為す遺伝子を半分も引き継いでしまった子供が私を愛するという確証がもてない。なんなら私が子供を愛する確証もない。というより、結婚相手のことを愛せるのかすら怪しい。というか結婚できんのかな。

 

こんなに一人が大好きなのにか。

 

 

家族と話している、食事、車の送迎、買い物、テレビを見ているリビング、すべてにおいて「はやく一人になりたい」と思っている。部屋に籠りきりの毎日で、それだと親からなにか思われるなと警戒して、無理やりリビングのソファに座って親と会話して、もういいだろと思ったら部屋に戻る。こんなの

仲良し親子と言えるのか?言えない。でも、形式だけでも保たないと親を傷つけるから、我慢する。

 

 

母親の嫌いなところ。意識が高いところ。好奇心旺盛で色んな知識を吸収するところ。そのせいで私が興味ないことも「勉強になるから」と押し付けてくるところ。拒否すると拗ねたり説教したりするところ。話が長いところ。何度も同じ話をするところ。正論で潰してくるところ。私の進路を正論で限定し、望む道に進ませなかったくせに「私はあなたにあれするな、これするなとは言ってこなかったわよね」と言うところ。そしてそれに「うん」と言わざるを得ないこと。誰にも言うなと秘密にさせたことを目の前で他人にバラすところ。私の好きなものに興味津々なところ。それをすぐおちょくるところ。私が好きだと分かってるのに平気で目の前でディスるところ。自分が正しいと思っているところ。それに自覚がないところ。

 

父親の嫌いなところ。過保護なところ。食事に口うるさいところ。父親から教育なんてほとんどされてないのに母親と「俺たちが育てた」みたいなツラしてるところ。娘となにかを共有することにいたく喜ぶところ。私が昔好きだったものを今でも好きだと思っていて、それを強要してくるところ。それをいくら拒否しても覚えてくれないところ。やたら気を遣われるところ。どんなものでも、メジャーなものよりマイナーなものを好み、それを押し付けてくるところ。

 

好きなところはすぐには浮かばない。だからダメなんだ。これは人としておかしいんだ。だって人間はみな家族のことは無条件で愛していて、好きで、一緒にいたいと思うものなんでしょ?

 

こんなに文句あるならはやく家を出ればいいのにと思うけど、兄も地方に出ていってしまった今、娘まで出ていったら悲しむかなとか、出ていきたいと言ったら傷つくかなとか、いろいろ考えて全く答えがでない。まぁそれ以前に金銭的に今すぐは出れないけれど。

 

たぶん家を出ても年末年始は帰るんだろうな。本当は嫌で嫌で、大晦日恒例のしゃぶしゃぶも、元旦のおせちや刺身も、食べられなくて良いから一人暮らしの部屋でカップ麺を啜りつつガキ使を見て過ごしたい。そう思いながら、でも「年末年始は帰ってくるの?」なんて聞かれたら、傷つけたくないから帰るんだろうな。嫌だなと思いながら帰って、過ごすんだろうな。実家で。

 

 

 

 

2018年12月10日(月)

 

嫌いな上司にいびられる毎日。

 

同じ部署ではないから直属の上司ではないけれど、営業として仕事をする上で確実に関わらなければならない立場の人。まじ腹立つ。

 

説明しよう。弊社は紙袋のメーカーである。いろんな店のいろんな紙袋を作っている。だが紙袋だけにはとどまらない。レジ袋も作る、トートバッグも作る、紙の箱もある。お菓子の箱とか通販の配送箱とか。私の大嫌いな上司はこの箱の部署にいる人間だ。

 

なんとこの箱の担当グループ(紙器調達グループという名前)には大嫌いな上司ただ一人しかいない。もうこの時点でおかしい。なんで?グループとかいう名前なのに一人しかおらんて?しかもその上司は「グループ長」という肩書きがついている。なんで??グループに一人しかいないのにグループ長て?

 

つまり、客から「箱を作りたい」と依頼された場合、こいつと話すしかないという状況。これが本当に厄介。このおっさんは、若手社員をいびる。若手社員なだけでどいつもこいうもいびる。

 

このおっさんは元営業だったこともあり、仕事の相談をしにくる若手営業たちをそれはそれはいびる。仕事の依頼をしているのに「めんどくせーからやだ」「俺はいま忙しいんだよ」と言って話を聞いてくれず、電話をかけたら「はいはいはい、はいはい、はいはいはいはいはい」と話を聞かずにわざとらしい相づちを繰り返した挙げ句ガチャ切りする。営業の仕事の進め方に疑問があると「営業の極意ってのはなぁ」と長々と説教をして、「俺は忙しいんだよ!!なんでお前に時間使わないといけねーんだよ」と文句を垂れる。そもそも入社してまだ1年も経っていない夏の新入社員に営業の極意とか言い始めんな。

 

もっと詳細な話になるが、弊社は箱の機械を持っていないので、紙の箱を作れない。箱メーカーの会社に委託する。要するに、このグループ長は営業と箱メーカーの仲介人のような立場をとる。なので、この人がウダウダ言って話を聞いてくれないから、もう箱メーカーに直接問い合わせて自分達で話を進めるほうが早い。客から「こんな箱が作りたい」という話をもらってグループ長に頼んだら「めんどくさっ!そんな金にならない仕事やるな!」と怒られて見積もりもとれない状況に陥る。金にならない仕事、やりたくない仕事はたしかにある。こういう場合は普通単価を高く設定し見積もりを提出して客から遠慮してもらうのを待つ事が多い。だがこのおっさんが機能しないと見積もりすらとれない。そのまま客を放置すると営業の信用を失うので、結局箱メーカーに直接問い合わせるという手段をとる営業は多い。

 

しかし、これをするとグループ長は拗ねる。拗ねるってなんだよ?おっさんが?と思うだろう。もう本当にめんどくさい。本当は社内的にも紙器調達グループを通じて仕事をしなければならないのが決まりだ。なので結局はこのグループ長に話をしに行かないといけない。「メーカーと繋がってんだろ?そこと話せばいいよ、俺に話持ってこなくていいよ」と拗ねて全く話を聞いてくれない。「俺以外のやつに頼めばいいじゃん!!」と言われたことがある。お前しかいねーからお前に話てんだよ。つーかなんでお前しかいねーんだよ。殴るぞ。

 

もう最近客から箱の話が来すぎて毎日毎日あのツラを拝んでは「説明の意味がわからない、頭が悪すぎる」「使えねーなおまえは」などと罵られて精神を削られるお仕事。教育係は夏から入院してて誰もかばってくれない。それでも強く生きようぜ、まえの。

 

 

 

 

 

2018年11月25日(日)

最近ヒプノシスマイクにハマっている。

 

まーたその話題か、お前そればっかりだよな、ほんとつまんねぇ、と思っただろうが、今回はこれに関係はあまりないので読んでほしい。最近これについて苦悩していることがある。

 

私はもともと実用性のないグッズは買わない主義だ。買ったのに使わないで引き出しに仕舞うなんて意味が分からない。the GazettEで言えば、買うのはTシャツ、タオル、スマホケース、せいぜいキーホルダーぐらいだ。みな日常生活で使うし、the GazettEはデザイン的にも普段使いしやすいグッズが多いので重宝している。

 

対してヒプノシスマイクはどうだろう。ヒプノシスマイクに限らず、アニメグッズの実用性の無さは正直理解の範疇を越えている。缶バッジ?ぬいぐるみ???アクリルスタンド?????なにに使うの?それ部屋にあってどうするの???

しかもデザインも普段使ったら確実に空気の読めない人間に変貌するものばかり。キャラの顔がドーーーーーン!!!!セリフドーーーーーン!!!!きらきら!!!!みたいな。「自分はこれが好きですよ」と主張するためのものであり、それはそのアニメに関わるイベントやらなにやらに参加するとき以外は通常身につけることもないだろう。

 

そんなわけで、私はいらないグッズは買わない派だ。なのに最近ヒプノシスマイクに関してはぜっっっっっっっっっっっってぇつけねぇな……と思うアクリルキーホルダーやチケットファイル、アクリルスタンドまで購入する始末。買うときすごく悩むのだ。「いらねぇ……」と。でも、ツレは生粋のヲタクなので、可愛い推し、そしてその可愛い推しに関連したものはとにかく欲しいタイプ。それと一緒にいると「買わなければならない」という謎の強迫観念にかられ、結局買って、部屋で「いらねぇ……」と後悔するのだ。グッズなんてそう安くもない。完全に馬鹿。

 

コラボカフェにもよく連れていかれるようになった。しかも「ヒプノシスマイクとスイパラ、その系列のカフェがコラボ!」と聞いたら、普通スイパラか系列のカフェどちらかに行けば大体満足だろうが、なぜかどちらも行かされる。コラボメニューが違うだけで売っているグッズはほぼ一緒なのだ。私はべつにスイパラだけ行ければよかった。だけど気づいたら系列のカフェを予約されていた。行く気が起きないとは遠回しには伝えた。「メニューが違うじゃん!!!!」と一蹴された。そうだけど……そうだけど……。

 

挙げ句、今度はタワレコカフェとのコラボがあるらしく、予約限定らしい。その情報を一切知らなかった私は、ツレからの「テキトーに予約したわ」というラインで知る始末。え?またカフェ?まーーーたカフェ??行くの?大して美味しいわけでもない、レトルト品をあっためただけのコラボメニューに、また1000円とか払うの?同じ値段出せばうめぇラーメンを大盛に出来るしトッピングまでつけれるのに?????

 

そりゃ好きですよ。ヒプノシスマイク、好きですよ。そして私は気持ち悪いけどヲタクですよ。腐女子ですよ。そりゃ推しのためなら金いくらでも使いたいですよ。だけども私は根本的に思考が違う。そう、金の使い方と物の価値観が主に違うからこうなるんだと思う。

 

言うなれば、金持ちのママ友とのランチに連れられて見栄を張らざるを得なくなっている貧困層の主婦のような気持ちというか。よく分からないけれど、もういらねぇとか思いながら買ったグッズ、メルカリに出そうかな。格安で出してやるよ。開けちゃったし袋捨てちゃってるし。

 

とにかく、私は愛せればそれでいいタイプなのだ。頭の中で推しが生きていれば満足。アクリルスタンドなんて要らない。モノとして存在してくれなくても大丈夫。缶バッジも要らない。なにもかも平気。

 

まぁ……ライブビューイングともなればそりゃタオルもTシャツもライトも買うよ。なんてったって生粋のバンギャ。ライブに対する気合いの入れ方としてはそりゃ、そんぐらいはするよ。ライブなら今後も行くかもしんないしねそりゃね。……ええ、はい。